5月1日はチェコ音楽界の巨匠アントニーン・ドヴォジャークの没後120年です。
アントニーン・ドヴォジャーク(1841年9月8日 - 1904年5月1日)は、プラハの北に位置するネラホゼヴェスで生まれ、プラハで亡くなった著名なチェコの作曲家です。肉屋を営む音楽愛好家であった父のもとに生まれたドヴォジャークは、個人運営のオーケストラのヴィオラ奏者としてプロの音楽活動を始めました。その後は、仮劇場のオーケストラでも演奏したほか、聖ヴォイチェフ教会でオルガニストとしても活動しました。
音楽活動の初期には様々な困難があったものの、ドヴォジャークは世界でも評価の高い作曲家の一人になりました。ドヴォジャークの『スラヴ舞曲』は国境を越えて世界でも称賛されています。特に交響曲を中心に知られていますが、その中でも『新世界より』はアメリカ滞在中に作られたものです。
1890年にプラハ音楽院の教授に任命されました。教育者としても優れていたドヴォジャークは、自らの天才的な作曲技術を、J. スーク、V. ノヴァーク、O. ネドバルなど、才能豊かな生徒たちに伝えました。その後アメリカやイギリスでも作曲家および指揮者として大きな功績を残しました。最期はプラハで過ごし、ヴィシェフラドに埋葬されています。偉大な作曲家の没後120年の節目に、彼が世界の音楽にもたらした大きな貢献に改めて敬意を表します。